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Poster 絆のペダル 2019

絆のペダル 2019

走行距離が200kmを超える、世界一過酷なスポーツとさえいわれるロードレースにおいて、第一線で活躍していた日本人ロードレーサーがいた。彼の名前は宮澤崇史。 1992年にテレビで放送されていたツール・ド・フランスを見て感銘を受けた崇史は、ロードレース選手になる夢を抱いた。 元気なだけが取り柄の息子が初めて大きな目標を見つけたことに母は喜び、その夢を叶えるべく全力で応援することを約束する。崇史は高校卒業後にプロの自転車選手の道へと進み、徐々に頭角を現し始めた。多くの試練や困難を乗り越えて「日本一の自転車選手になる」夢を手にするまであと一歩となった矢先に母が肝臓を患って倒れてしまう。 医師から生体肝移植以外に母を救う手立てはないと告げられ、その移植する肝臓の適合者に最たる人物は息子である崇史だと知らされる。身を粉にして働き続け、崇史の夢を最優先に考えてくれた母を救うためならばと、躊躇いなく自身の肝臓を提供することを申し出る。しかし、一部とはいえ臓器の摘出手術を受ければ体に大きなダメージが残り、ロードレーサーとして第一線に復帰するのは極めて困難であることは明らか。母は息子を気遣い生体肝移植を行わないことも考えたが、崇史の優しさと強い願いに絆されて手術を受ける決意を固めた。 手術後、母は順調に回復。崇史も懸命にリハビリに励み、競技に復帰したものの期待される成果を残せずチームを離脱。その後、フランスに渡り個人登録選手としてヨーロッパを中心に競技に参戦する。努力と挑戦を積み重ねて再びトップアスリートとして返り咲いて帰国。2010年に行われたロードレース大会で優勝を果たし、母との約束であった「日本一」を手中に収めた。

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